〈SHOP NEWS〉ダニエル・ロート氏との遭遇
数年前に時計の設計、デザイン、製作を自ら行いたいという思いから、それまでの地位、高収入などと引き替えに独立して、現在は2分間でゲージが1回転(通常のトゥールビヨンは1分間で1回転)する『トゥーミニッツ・トゥールビヨン』を完成させました。
この作品には本人、奥さん、長男の名前から取った『ジャン・ダニエル・ニコラ』というブランド名が冠されています。
1年から2年もの歳月をかけて、ようやく完成しますが、そのディトリビュートを行っているのが日本のシェルマンです。
そんなロート氏を、バーゼル会場で見かけたのは何年ぶりのことでしょうか。上の写真のように、昨年秋からポリッシングなども手伝うようになった奥さんと、親友のように精神面からもロート氏を支える長男を伴っていました。ロートファミリーの自宅とアトリエは、ジャガー・ルクルトの本社、ヴァシュロン・コンスタンタン、ブランパンのアトリエもあり、独立時計師のフィリップ・デュフォー氏も住む、「スイスウォッチの揺り籠」とも別称されるジュウ渓谷です。午前11時のバーゼル会場入りを果たすため、午前4時に起きてローザンヌまで車で移動、そこからスイス国鉄を使ってバーゼル市まで来たそうです。
ロート氏のコメントは、別の機会にismで詳しく伝えますが、要約すると「絵画には1点物を描くアーティストと、シルクスクリーンにして量産する作家もいる。どちらも素晴らしいことで、片一方を否定する気持ちはない。
時計も同じで、私はこの世に1作品だけのオブジェダール(芸術的造形物)を創造したいのです」。
高額の安定収入を蹴って、銀行から借金までして創作の道を選んだロート氏の現在を考えていたときの一言でしたし、ハンマーでひっぱたかれたような衝撃と大きな感動を覚えました。
過酷なビジネスの現場で、真の芸術家とそのピュアな魂に遭遇して目頭が熱くなりました。
この時、ロート氏は、神戸の老舗名店「カミネ」の創業100周年にオマージュを捧げた、納品前のトゥーミニッツ・トゥールビヨンのスペシャルモデルを見せてくれました。
ケースバックのサイドに記念モデルを示す文字がエングレービングされていますが、全体と調和した優美な模様にしか見えません。
機械を作り込んで徹底的に磨き上げ、さらにケース形状、ダイヤルなどトータルの美を追究してきたロート氏渾身の力作です。生まれながらのこのミュージアム・ピースは、間もなく神戸にやってきます。そして何世紀にもわたって、人類共通の至宝として称賛され続けていくはずです。
上の写真は、フランク・ミュラー氏の時計の師匠で、パテック フィリップ社の複雑時計部門を経て独立したスヴェン・アンデルセン氏にせがまれ、カミネ100周年アニバーサリーを披露している場面です。表面から見ることができる美しいトゥールビヨンの橋脚や、全体的な仕上げなど、
超天才が寝る間も惜しんでできる限りの努力を注ぎ込んだ、世界に1点だけの美の集積がそこにありました。